仙台高等裁判所 昭和59年(う)97号 判決
所論に鑑み,原判決を検討すると,原判決は,「罪となるべき事実」として,被告人は,木村宏(以下,「木村」という。)と共謀のうえ,原判示のとおり,3回にわたり,細谷隆外2名の所有もしくは管理にかかる刀等合計42点(時価合計2,656万円相当)を窃取したものである,と認定し,更に,「木村宏との窃盗の共謀を認めた理由」の項で,その事由を詳細に認定説示している。そして,その認定説示するところによると,原判決は,木村が直接原判示の各犯行を実行したものであることは関係各証拠上明白であるとし,原審証人木村宏の供述(以下,「木村証言」という。)は,「本裁判を通じて一貫しており,その内容も自然で矛盾なく,しかも具体的かつ詳細で自ら体験したものでなければ語り得ない真実味が認められる」うえに,その他の関係証拠等に照らしても,「全体として極めて信用性が高いといわざるをえない。」として,同証言に信用性を認め,これに続いて,捜査段階から一貫して木村との共謀を否認している被告人の供述内容を関係各証拠と詳細に対比し検討吟味して,結局,被告人の弁解はいずれも採用できないとしたうえで,木村証言に現われた事実,すなわち,被告人と木村との交際の経緯,本件各犯行の動機,手口,手段,方法,結果,盗品の処分状況などに,これらに関与した被告人の役割などを詳細に認定引用し,「四 被告人の責任について」の項において,「かねてから骨董品に興味を持っていた被告人が,生活費に困窮していた木村に対し,その買い取りと他転売しないことを約束したうえで,前記認定のとおり執拗に窃盗に行くことを促していること,その犯行場所を木村に案内したり又は具体的に指示していること,木村が犯行を行うにあたっては自動車に給油をする等の便宜をはかったり,また,犯行の用に供すべき道具を与える等しただけでなく,窃取行為をするに際しても犯行が容易に発覚しないように細かな指示注意を与えていること,犯行後は連絡することを予め指示しておき,犯行が成功すると,その盗品のすべてを自己の手中に収め,木村には,本件被害品の価格よりははるかに低い合計50万円くらいの金銭を与えたのみであること等が認められるのであり,このような,本件犯行における被告人の地位,役割,木村に対する影響力,本件各犯行における関与の程度,その内容,謀議の内容等に照らせば,被告人は,本件犯行の実行行為を直接行っていないとはいえ,被告人には木村との間に本件各窃盗につき主観的な共同意思の存することが明らかであるばかりでなく,本件各窃盗の犯行形態をみると,被告人は,むしろ積極的かつ主導的な立場にあったと認められ,被告人の果したこのような役割は,木村の右各窃盗の実行行為に密接かつ必要不可欠な行為を分担したというべきであり,共同実行の存在が認められる。」として,「被告人は,本件犯行につき,共同正犯としての責任を免れることはできないことは明白である。」とし,「法令の適用」において,「被告人の原判示各所為は,いずれも刑法60条,235条に該当する」としている。もっとも,原判決が,その認定説示のなかで,「木村が,直接判示各犯行を実行したものである」とか,「被告人は,本件各犯行の実行行為こそ分担していない」,「被告人は,本件犯行の実行行為を直接行っていない」などと指摘しているところに照らすと,原判決が被告人を共同正犯と認定した根拠につき,被告人が実行行為に加担したとして,いわゆる実行共同正犯としての責任を免れないとしているのか,あるいは,共謀それ自体に参画したとして,いわゆる共謀共同正犯の責任を問うているのか必ずしも明確であるとはいえない。
ところで,原判決が被告人に共同正犯としての責任を認めている根拠は,右に述べたように必ずしも明確ではないが,原判決のいう「共同正犯」がいわゆる実行共同正犯であるとするならば,それが成立するためには,各行為者間に共同実行の意思,すなわち,互いに相協力して犯罪を実現しようとする意思の連絡が存在するとともに,共同して実行行為の全部又は一部,もしくは,これに密接かつ必要不可欠な行為を分担して行うことが必要であり,また,原判決のいう「共同正犯」がいわゆる共謀共同正犯であるとするならば,それが成立するためには,共謀,すなわち,「2人以上の者が,特定の犯罪を行うため,共同意思の下に一体となって互に他人の行為を利用し,各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議」(最高裁判所大法廷昭和33年5月28日判決最高裁判所判例集12巻8号1718頁参照。)の存在することが必要である。
そこで,いまこれを本件についてみると,信用性があるとする木村証言によって認められる事実として原判決の認定説示する被告人の各所為は,いずれも木村の窃盗に対する教唆ないし幇助行為に該当するとしても,その事実から直ちに被告人に共同正犯の責任を認めることはできないといわなければならない。すなわち,原判決が指摘しているところの,被告人が,木村に対して,「金儲けならいくらでもある。モサ(盗みの意)だ。」と言い,あるいは,骨董品の買取り方を持ちかけたりして原判示各犯行場所から骨董品等を盗んで来るように申し向け,又は,執拗に催促するなどして窃盗を慫慂し,木村に本件犯行を決意させたとする被告人の所為は,窃盗の教唆としては首肯しうるにしても,これをもって直ちに,被告人が,木村と相協力して右骨董品等の窃取行為を実現しようとするものであるとか,他人の行為を利用して自己の意思を実行に移すことを内容とする謀議があったものとは到底認められないから,被告人に共同正犯における共同意思ないし謀議があったものと断ずることはできない。また,同様に,被告人が,木村に対して,資料館や博物館には防犯ベルとか隠しカメラがあるとして注意を喚起し,あるいは,犯行発覚防止のために手袋の着用を勧めたり,盗品運搬のための一反風呂敷を貸与したり,犯行場所へ行くための自動車の給油につき,被告人のガソリンチケットを木村に使用させたとする被告人の所為は,これまた,木村の窃盗の犯行を容易ならしめたに過ぎず,これをもって窃盗の実行行為の全部又は一部,もしくは,これに密接かつ必要不可欠な行為を分担したということはできない。更に,原判決が指摘しているように,被告人が,木村から,同人が窃取して来た本件各盗品を即刻,かつ,全部引渡しを受けたとしても,その所為は,贓物故買に該当するものとして首肯できないわけではないけれども,窃盗の実行行為そのものの一部,もしくは,これに密接かつ必要不可欠な行為ということはできないし,いわんや,被告人が,原判示のように相馬民族資料館や伊佐須美神社に木村を案内したり,同人とともに展示してある骨董品等を見たりした行為は,それ自体窃盗の実行行為の一部にあたるとかこれに密接かつ必要不可欠な行為であるとは認め難い。もっとも,原判決の指摘するように,被告人は,伊佐須美神社に赴いた帰途,「あの錠前ならカッターで切れるな。」と話し,立ち寄ったスーパーでカッターを購入して「これなら大丈夫だろう。」と言ってそれを木村に渡したとし,他方,木村は,土蔵の錠前を切るためのものだと思って右カッターを自動車に積み込み,これを用いて伊佐須美神社の土蔵の扉の南京錠を切断して原判示第二の犯行に及んだというのであるが,被告人が,木村の原判示第二の犯行を期待してカッターを渡したとしても,それは木村の右犯行を容易ならしめたに過ぎないということもできるのであって,これをもって被告人に窃盗の共同実行の意思があるとか,実行行為の一部ないしはこれと密接かつ必要不可欠な行為であるということもできない。
してみれば,木村証言によって認められるとして原判決の指摘する被告人の前記各所為は,いずれも木村の窃盗に対する教唆ないし幇助の域を出ず,これに原判決認定の各事実を併せ考慮し,更には,被告人と木村との交際の経緯や本件犯行当時の被告人の木村に対する影響力等を勘案しても,いまだ被告人が,木村との意思の連絡のもとに,共同して実行行為の全部又は一部,もしくは,これに密接かつ必要不可欠な行為を分担したとか,あるいは共謀共同正犯にいう謀議があったと認めるまでには至らないものと思料されるのに,原判決が被告人に共同正犯の責任を認めたのは,それが実行共同正犯であるか,はたまた共謀共同正犯であるかはともかくとして,いずれにしても,事実を誤認し,ひいては法律の解釈適用を誤ったもので,その誤りは,判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,原判決は破棄を免れない。